一般社団法人 日本道経会

コラム

京都支部代表幹事を拝命して

巻頭言
平成29年10月10日
  • 京都支部 代表幹事
  • 生田産機工業㈱ 代表取締役
生田 泰宏

京都支部前代表幹事の川勝康行氏の後任として、今年度より代表幹事を務めさせていただくこととなりました。まだまだ浅学非才ではありますが、ご先輩、仲間、後輩の皆様に助けられながら、自身の成長とともに道経一体を学ぶ同志づくりを京都に広めたいと思っ
ています。
さて、日本道経会発足年の1999年。時を同じくして私はその年6月に急逝した父の後を受け継ぎ、準備も心構えもないまま弊社の3代目社長に就任しました。当時69才の父の後姿は、社業に、地域業界団体に、ロータリークラブに、京都のモラロジー団体に欠かせない
重要な存在として、八面六臂の忙しさでした。ですから、自宅でのんびり寛ぐ父を見た記憶はありません。
特に、日本道経会京都支部の発足準備委員会のリーダーとして昼夜たがわず東奔西走し、初代代表幹事としての期待も寄せられていたようでした。そんな父は志半ばで病に倒れ、思わぬ「まさか(ま坂)」に私、家族、社員、そして社外のお仲間も深い悲しみに包ま
れました。

あれから18年の時を経て、確固たる道標を持たなかった私も56歳を数える年となり、「父母が、深くて広い人づくり徳づくりの人生を歩んでいただいたおかげで今がある」と素直に思えます。
なぜそう思えるようになったのか。父の急逝により、苦難や試練は私の身に次々に起こったというよりは、「頼りのない未熟な三代目である私のせいで社員が不安を覚え、迷惑をこうむった」というのが、当時の社員の実感であったと思います。

しかし、人生の「まさか(ま坂)」、下り坂の時には決まって不思議と運に恵まれ、良きご縁を頂戴し難局を乗り越えることが出来ました。天界の両親がふっと順風を吹いてくれているように。
そして、自身が父の年齢に近づくにつれ、父の後姿をだんだん大きく感じ、その姿そのものが私の「道標」として渋い輝きを放っています。
奇しくも、日本道経会京都支部も亡き父の「志」のひとつでありました。今、また父からバトンを受け継ぐ。

わが社の創業精神は「天命に従い人事を尽くす」とあります。
これからも道経一体の学びを通じて「良い人」が「良いモノ」をつくり「良い人に」ずっと指名し続けられる企業でありますように、両親が実践してきた「致富の経営に」努力精進をしてまいります。

※「致富」=「自然に利益を生むことを廣池千九郎は『致富』と呼び、『利を射らずして、富を致すの術を行う。無形の徳を生ず』(『歩み』)と述べています。すなわち、利益を直接の目的とせず、顧客づくり、モノづくり、人づくりをしっかり行って、結果として利益を得る
(儲かる)ことが真の富であり無形の徳を得ることだと説いています」(『徳づくりの経営』p49より)

生田産機工業㈱ホームページ http://ikuta-sanki.com/index.php