一般社団法人 日本道経会

一般社団法人 日本道経会

日本道経会は、「道徳経済一体」の理念に基づき、産業人教育の推進ならびに繁栄と永続の企業の創造につとめ、 経済倫理の確立および経済界の安定的発展に寄与し、地球市民の一員として社会に貢献することを目的としています。

活動予定

2019年1月21日~30日
21日(月)
新年岐阜経済講演会
22日(火)
静岡支部・新春経済講...
23日(水)
愛知支部・第36回例...
24日(木)
京都 新年講師例会
25日(金)
26日(土)
27日(日)
28日(月)
29日(火)
30日(水)
京都互敬塾1月例会・...

【長崎支部】講演例会を開催

活動報告
平成31年1月10日
  • 事務局長
野崎 地平

平成30年12月13日(木)、講演例会を長崎市内のサンプリエールで開催しました。

森田博満様を講師にお迎えし、「100分の1秒の命~一歩遅れていたら~」というテーマでご自身の被爆体験をお話ししていただきました。

森田様は日本道経会長崎支部の設立メンバーのお一人で、(公財)長崎平和推進協会継承部会員、有限会社モリタ工建会長、崎陽モラロジー事務所相談役でいらっしゃいます。

森田様は10歳の時に、爆心地から1.8kmの自宅で被爆されました。学校からの帰り道に飛行機の轟音がして、その飛行機から落ちる落下傘を目にしたそうです。その落下傘を見ながら自宅玄関に入った瞬間、電気のスパークのようなオレンジ色の光と爆風に包まれ、家の中に5,6m吹き飛ばされ、気を失ってしまいました。放射能を含んだ爆風は秒速200mというすさまじいもので、一瞬のうちに建物や木をなぎ倒し、多くの人々を死に至らしめました。森田様は家に一歩入ったところだったので、光と爆風を直接受けることがなく、奇跡的に生きのびることができたそうです。

爆発時に建物の中や石垣の陰にいた人は助かる人が多く、屋外にいた人たちの多くは命を失ったそうです。

森田様と一緒にいたお兄様は家に入る直前で、原爆の光と爆風を半身に浴びて半身大やけどを負い亡くなりました。

まさに一瞬の差で命が助かり、命を失うことになったのです。

ご友人はたまたま手ぬぐいをもらうための列に並んでいたときに被爆し、全身大やけどを負い49時間後に亡くなりました。亡くなった人たちの姿を思い出すと今でも胸が苦しい、とおっしゃっておられました。

長崎駅前では死体を山積みにして燃やし、鼻をつく強烈なにおいだったそうです。死体は首や手足がないものが多く、はらわたがはみ出しているような状態だったそうです。見てはならないものを見てしまった、絞り出すような声でおっしゃっていました。

「戦争は絶対にしてはならない、原爆は二度と繰り返してはならない」ということは皆さんが思っておられると思います。しかし私を含め実体験を伴わない人たちの思いの強さと実際の戦争体験、被爆体験をされた方の思いの強さは大きく違うと改めて感じました。

実体験を心を痛めながらお話いただいて、我々も胸が締め付けられる思いでした。

私は被爆二世です。しかし被爆体験をお聞きする機会はほとんどありません。被爆者にとって被爆体験は思い出すのも辛く、聞く方も辛いので、つい目を背けてしまうのだと思います。

今回は森田よりお話をお聞きして、辛くても正面から向き合って後世に伝えていくことの大事さを教えていただきました。心より感謝申し上げます。

最後に講話の中で朗読してくださった森田様の詩をご紹介いたします。

 

「あの日が来るたびに」

あの日が来るたびに、胸を痛める思いがある。

あの日、私と年が変わらぬ子供たちが 大人が 老人が 生き物が、

一瞬に多くの命が消えた。8月9日。

私たちは絶対に忘れてはならない。

今 同じ地で生きる一人として私は言いたい。

もう あんな過ちや苦しみを繰り返さないように。

繰り返さない為に 今 私たちはここにいるのだと。

私たちは訴え続けなければならない。

あの夏の暑い日に消えていった 多くの命の叫びを。

平和である事のありがたさを そして 尊さを。

それが 今を生きる私たちが出来る唯一のことだと思うから。

コラム

支部事務局紹介

三 重 支 部 三重支部は会員企業17社の小さな支部ですが、年に一度の経済講演会をはじめ、テキスト『徳づくりの経営』を使用しての勉強会や各地区担当が主催する例会、また愛知・岐阜・三重の3支部合同による事業なども行っております。 私は大学卒業後、中堅ゼネコンでサラリーマンとして働いた後、祖父、父と続いた家業を継ぎました。結婚間もない頃、工事作業中の注意で高所から転落し大怪我を負ったのが始まりで思いもよらぬ出来事が次から次へと起こりました。また、採用しても定着しない社員による...続きを読む