一般社団法人日本道経会

徳の薫る企業をめざして

飯田 実
  • 大阪支部 会員
  • 山口保安工業有限会社 代表取締役

はじめに

混迷する世界情勢に触れるたび、人の心の在り方や一瞬の判断が、惨状も希望も生み出すことを痛感します。人生は判断の連続であり、経営もまた人生の一部です。だからこそ、経営者として、いかなる判断基準を持つかが何より重要だと考えています。私はこの4月に古希を迎え、経営者として23年を歩んできました。未熟ながら、多くのご縁に生かされる中で、「企業の究極の目的は人づくりである」という信念に至りました。

私の原風景とモラロジーとの出会い

私は山口県周南市中須村の農家の長男として生まれました。幼い頃、村はダム建設で働く人々でにぎわい、両親は旅館を始めました。しかしダムの竣工とともに客足は途絶え、母は行方知れずとなり、多額の借金が父一人の肩にのしかかりました。中学二年の夏、父と弟と3人で涙を流しながら故郷を離れた悔しさは、今も胸に刻まれています。

高専卒業後、自衛隊や国鉄、のちのJR勤務などを経て起業へ向かいましたが、その道のりも平坦ではありませんでした。JR退職後、ある出来事をきっかけに巨額の借金を背負い、人生のどん底を味わいました。そんな時、のちに妻となる女性との出会いがあり、義父から『月刊道経塾』を頂きました。松下幸之助翁や稲盛和夫翁の著作を読み漁っていた私は、そこに説かれる経営の根本が「道経一体」の教えに通じるのではないかと直感しました。これが私とモラロジーとの出会いであり、以後の判断基準となりました。

命を守る列車見張員事業としての船出

平成15年9月、山口県西部の厚狭で山口保安工業有限会社を創業しました。資金も実績もなく、社員も机一つもない、文字通りゼロからの船出でした。当初は元JR社員としての経験を生かした「お手伝い」のつもりでしたが、線路工事の現場で列車の接近を見張り、作業員の安全を守る列車見張員の仕事に触れ、その考えの甘さを恥じました。一歩誤れば大惨事につながる、人命に関わる重大な使命であると再認識したのです。同年12月、有資格者5名とともに実働を始めました。

当初は新山口駅より西の地域に限られていましたが、平成18年には山口県全域のJR沿線を任せていただくまでになりました。平成22年からは、地域社会の発展と地球環境への貢献を志し、再生エネルギー事業も開始しました。私自身を含め、元保線区長や室長など鉄道保線の経験豊富な社員がいることが当社の強みです。その知見を基に独自の列車見張要員育成の仕組みを築き、現在では約130名の社員とともに県内の安全を支えています。

二つの転機と人づくりへの回帰

私の人生観を大きく変えた出来事が二つあります。一つは49歳で子を授かったことです。それまでの私は、生き別れた母への思いもあり、「人生は太く短く」と考えるところがありました。しかし我が子を抱いた瞬間、健康で長く生き、この子の未来のためにも、企業を通してより良い社会づくりを下支えしたいと強く思うようになりました。

もう一つは創業十年目、五十八歳で難病「後縦靭帯骨化症」を発症したことです。進行すれば全身麻痺や寝たきりにも至る病で、大手術を受けました。病床で私は、自分一人が突き進むばかりで、最も大切な「人づくり」を疎かにしていたと深く反省しました。社長不在がそのまま組織の危機になる脆弱さも痛感し、退院後は組織体制を刷新しました。そして社是「三方よし」と、全社員の物心両面の幸福、地球環境と地域社会への貢献を掲げる経営理念を定めました。

道徳教育への挑戦

道経一体経営の学びから、私は企業の究極の目的は人づくりにあると教えていただきました。質の高い警備員、保安要員を育てるため、社員には「感謝」「信用」「意識」を具体的に伝え、現場での実践を促しています。特に重視しているのが「第二の徳」、すなわち正しい考え方の教育です。どれほど技術が高くても、心の在り方が誤っていれば安全は守れません。

そのため当社では、幹部社員とともに道経一体経営講座を受講し、一般社員にも中日本センター講座などで学びを深めてもらっています。また年4回の徳づくり研修、『ニューモラル』の配布と学習会、毎朝の月刊朝礼を通じ、全社員が自分づくり・人づくりに向き合う場を設けています。学んだことを言葉にし、行動に移す小さな積み重ねが、やがて現場の安全と品性につながります。こうした地道な学びこそ、信頼される企業文化の土台です。

時代の変化と承継

今、鉄道保安や警備業界は、規定改正、機械化、DX、人手不足という大きな変化に直面しています。学びを通じて正しい判断基準を養い、兆しを察し、行動すべき「時中」を見極めることが大切です。当社も列車見張事業に偏らず、総合警備事業への展開、AI部門の創設、一次産業など新分野への参入を模索し、未来への備えを進めています。

私のこれからの目標は、当社をさらに「徳の薫る企業」へ育てることです。そして次世代へ、より善い形で事業を承継することが、創業者である私の最後の仕事だと考えています。事業の形は変わっても、道徳経済一体と三方よしの精神は当社の背骨です。地域社会と地球環境への貢献を胸に、社員とともに自分磨きを続け、日々の現場に最高道徳の実践を誠実に重ねてまいります。