一般社団法人日本道経会

「人づくり」こそが企業の目的

寺下 敏弘
  • 一般社団法人日本道経会 理事
  • 福井支部 代表幹事
  • 株式会社 寺下機型製作所 代表取締役

昭和38年に父・敏夫が創業した寺下機型製作所は、来年で63年を迎えます。父は中学校を卒業後すぐにこの道に入り、22歳で独立。職人として真摯に仕事に向き合い、80歳を過ぎた今もなお会社に顔を出しています。

三人きょうだいの長男である私は、自然と後継者として期待されて育ちました。父は常々「こんなにいい商売はない」と口にしていたため、後を継ぐことに疑問を感じることはありませんでした。

一方私は、小学生の頃から卓球に打ち込み、高校ではインターハイに出場。大学は卓球の名門・明治大学に進学しました。卒業後は実業団でプレーを続けたい気持ちもありましたが、父の勧めで同業他社に修業へ行くことになりました。

その直前、22歳の春のことです。大学の卒業式を終え、福井の実家に戻り、修業に出るまでの短い期間を父の手伝いをしながら過ごしていたとき、父から「岐阜にモラロジーを学べる場所がある。そこの講座を受けてきなさい」と言われました。

モラロジー(道徳科学)については、父が町内の方の勧めで、自宅で座談会を開いていたものの、部活動に明け暮れていた私はほとんど関わったことがなく、その内容もまったく分かっていませんでした。それでも「仕事を手伝うよりは楽だろう」と思い、二つ返事で岐阜県瑞浪市にある社会教育センター(現在のモラロジー道徳教育財団 中日本生涯学習センター)に出かけていきました。

五泊六日の講座で、最も印象に残っているのは、寮で同室になった先輩との出会いです。六人部屋で寝泊まりしながら、夜には講義の感想を語り合い、年配のリーダーが人生経験を交えて話してくれる時間が、講義だけでは得られない深い学びとなりました。特に「自分は一人で生きているわけではない」という大切な気づきを得ることができました。

この気づきを先輩に話したところ「そう思うなら、家に帰ったらご両親に“22年間育ててくれてありがとう”と伝えなさい」と言われ、指切りをして送り出されました。

講座が終わって実家に帰った私は、約束通り両親の前に正座して、普段はなかなか言えない感謝の気持ちを伝えました。両親も私も、涙を流したのを今でも覚えています。この瞬間、私はモラロジーに対して確信を持ちました。

大学卒業後の3年間、同業の金型メーカーで修業を積んだ私は、25歳で寺下機型製作所に入社しました。そして9年間の経験を経て、34歳で社長を継承しました。

社長になってまず感じたのは、人づくりの大切さです。ものづくりの現場では、図面通りに削っても、思い通りに合わないことがあります。だからこそ、機械を使いこなす技術だけでなく、現場での創意工夫や、仲間と助け合いながら改善を積み重ねていく人間力が必要です。

私はモラロジーで学んだ「正しさ」と「思いやり」を、ものづくりの現場にも取り入れていきたいと考えました。例えば、朝礼では『月刊朝礼』を皆で読み合わせ、職場の中での「ありがとう」や「ごめんなさい」を大切にする文化を育てています。これは仕事の効率や成果のためではなく、一人ひとりが人として成長し、お互いを尊重し合える職場を目指すためです。

採用においても、技術の優劣よりも「素直さ」や「人柄」を重視しています。手をかけ、時間をかけて、一人前に育てるのが当社のスタイルです。最近ではモラロジーで学んだ若手社員が、自主的に理念を語るようになってきました。これは、私にとって何よりの喜びです。

最近は改めて「寺下機型製作所は、単に製品をつくる会社ではなく、人を育てる場である」という原点に立ち返っています。私たちのつくる製品は、表に名前が出ることはありませんが、自動車や建設機械など、さまざまな製品の“もと”を形づくる大切な役割を担っています。その裏側にいる“人”がどう成長していくかが、会社の価値を決めるのだと確信しています。

これからの時代、技術はますます進化し、AIや自動化が進んでいくでしょう。しかし、どんなに機械が賢くなっても、人間にしかできないことが必ずあります。それは「心を通わせること」や「誰かを思いやること」、そして「より良くしようとする情熱」です。

私たちの会社は、そうした“人間らしさ”を大切にする場でありたいと考えています。63年の歴史を持つ今だからこそ、次の世代にしっかりとバトンを渡す準備をしなければなりません。若い社員たちが、仕事を通じて成長し、やりがいや誇りを持てるよう、これからも教育と対話を大切にしていきます。

また、地域社会とのつながりもますます重要になると感じています。ものづくりの技術と、人づくりの理念を活かし、誰もが自分らしく働ける環境を地域に広げていきたいと願っています。

創業者である父が築いてくれた土台の上に、私が次の柱を立て、そしてその上に若い世代が屋根をかけてくれる。そんな未来を思い描きながら、これからも「人間尊重」の経営を実践してまいります。

道経一体の経営においては、「人づくり」を究極の目的と考えています。

弊社の経営理念は、「型づくりと人づくりを通して、お客様と社会に貢献します」というものです。これは、父の代から大切にしてきた考え方を、平成20年に明文化したものです。

「型づくり」と同じように「人づくり」にも力を注ぐことこそが、弊社の存在価値を高めることにつながると確信しています。

その実践として、ニューモラルの勉強会や生涯学習セミナーへの参加など、人間性を高める取り組みを継続しています。

現在、大学3年生の長男にバトンを渡すのはまだ先の話ですが、「人づくり」を通じて経営の土台をより確かなものにし、創業100年を見据えた企業づくりを進めていきたいと考えています。