一般社団法人日本道経会

会長訪問シリーズ!「親子のアトツギ物がたり」

第5回 限会社レイクラフト
鈴木芳文社長・鈴木琴菜 親子に聴く 後半

4.家族の犠牲と葛藤

琴菜

祖母は中学3年生の時に亡くなったので、記憶にはあります。

芳文

母と父は隣近所どうしで結婚していたんですよ。地元愛がすごく強い人で。そういう中で、会社の借金で家もなくなっちゃって、母も引っ越すことになって。母がやっぱりすごく可哀想だというのがあったんですね。地元愛がすごい強かったのに、離れることになってしまった。そういうところで、結構……。

生田

お母様が犠牲に、お父様の……。

芳文

結果的にはそうですね。借金のために家を取られたので、それがやっぱり一番、僕の中では、僕も姉も弟もそうだと思うんですけど、父が事業を失敗したというところで一番影響が大きかったです。

生田

私たちの事業も、絶対安泰ということはないですからね。いつもいろんな不安と戦いながら、年末になると「来年も仕事がありますように」って思いますよね。

芳文

そうですね。

生田

お父様も地獄を見ながらでも、やっぱり男として。直接的な被害者というと、家族であったり。お父様にも孤独感があったかもしれませんね。

芳文

そうですね。会社は解散することになったんですけれども、ただ、当時は金融機関も潰れちゃったりとかしていた時代だったじゃないですか。

5.再起 - レイクラフトの誕生

生田

会社が解散することになって、その後はどうされたんですか?

芳文

会社は一回解散したんですけれども、幸いなことに債権者は金融機関だけで、仕入れ先やお客さんとのトラブルはなかったんです。お客様との信頼関係は残っていたので、仕事を続けることはできる環境だったんですね。

それで、お客さんから直接依頼を受けて。当時、私たちができるような仕事というと、短納期の仕事とか、すごく手間がかかる仕事とか、なかなか他ではやらない仕事を引き受けていました。

生田

他が嫌がる仕事を。

芳文

はい。そういう仕事をお客さんのところに「できました」って言って持っていくと、お客さんはすごく喜んでくれるんですよ。お客さんに「ありがとう」と言われる笑顔が見られる仕事っていうのが、すごく良かった。それが、私がものづくりを続けたいと思った一番の理由なんです。

生田

それは素晴らしいですね。お客様の笑顔が、一番の原動力だったんですね。

芳文

そうですね。だからこそ、「レイクラフト」という新しい社名で再スタートしようと決めたんです。おじさんたちも協力的で、今は別々に独立していますが、協力会社として関係を続けています。

生田

お父様の兄弟の方々も、やっぱり協力的だったんですね。

芳文

はい。結局、そういうふうに協力してもらえたのは、父がちゃんとしていたからなんですよね。誰からも恨まれていなかった。それがすごく大きかったと思います。

6.父への想い、そして家族の葛藤

生田

でも、当時は、お父様に対して批判的な気持ちもあったんじゃないですか?

芳文

そうですね。当時は、父が経営を失敗したとしか思えなかった。特に、母が可哀想だと思いました。地元愛がすごく強い母が、家を失って引っ越さなくちゃいけなくなって。それが一番、私にも姉にも弟にも、影響が大きかったです。

生田

ご兄弟との関係は、今はどうなんですか?

芳文

姉とは、喧嘩別れしてしまって。姉が社長の時に、リーマンショックで仕事が9割以上なくなったんです。その苦労があったせいか、姉は投資に対してすごく後ろ向きになってしまった。

私は、将来のためには設備投資や新しい人の採用が必要だと思っていたんですけど、姉とは意見が合わなくて。最終的には喧嘩になってしまって、喧嘩別れという形になりました。

生田

それは辛いですね。

芳文

その直後に母が他界したんですね。それで、姉は私と喧嘩したことと、父を許せないという気持ちが重なって、今はもう親戚のお葬式にも来てもらえないし、連絡も取れず疎遠な状況になっています。もう10年以上になりますね。

生田

弟さんとは?

芳文

弟も、父のことは許していないんです。母が亡くなってから、ずっと。

以前、父にお金が足りなくなって、弟に「ちょっと1万か5千円を届けてくれ」って頼んだことがあったんですよ。それからもう連絡が取れなくなって。私の電話にも出てくれなくなった。

生田

それは……お辛いですね。

芳文

やっぱり、このまま父が亡くなったら、姉も弟も後悔すると思うんです。だから、後悔しないために、私が何とかしなきゃなと思っているんですけれども。

7.モラロジーからの学び - 父への感謝、先祖への恩

生田

そういう葛藤の中で、モラロジーとの出会いが大きかったんじゃないですか?

芳文

そうですね。モラロジー事務所の代表世話人さんを通じて、「親孝行をすること」の大切さを学びました。今はできなくても、時間がかかっても、私が親孝行を続けていけば、いつかは兄弟の関係も良くなるんじゃないかと。

それと、父自身がモラロジーを学んでいたおかげで、会社が倒産した時も、誰からも恨まれなかったんだと気づきました。おじさんたちが協力してくれたのも、父の人柄があったからなんですよね。

生田

素晴らしいですね。見方が変わったんですね。

芳文

はい。それと、もう一つ大きかったのは、祖先への感謝です。

今の「レイクラフト」があるのは、祖父が創業して、父やおじさんたちが築き上げてきた技術と信頼があったからなんです。他の工場が嫌がる仕事を引き受ける姿勢とか、そういう「目に見えない財産」を受け継いでいたからこそ、再起できたんだと。

生田

それは本当にそうですね。

芳文

だから、お墓参りもちゃんとするようになりましたし、祖先に感謝して、恩に報いるということを、経営の根っこに据えるようになりました。

生田

経営にも活かされているんですね。

芳文

はい。娘や若手の社員とも一緒に、モラロジーの道経会(経済人団体)に関わって、人間力を高める勉強を続けています。社内でも、道経会企業の経営者の方を講師として招いて、道徳の勉強会を開いたりしています。

あと、ベトナムの社員に対しても、単なる労働力じゃなくて、家族のように接するように心がけています。彼らの親御さんが安心できるように、レクリエーションに連れて行ったり。そういう「思いやり」や「三方よし」の精神を、現場で実践しているんです。

8.次世代へ - 琴菜さんの決意

生田

琴菜さんは、今はどのように会社に関わっているんですか?

琴菜

今は経理を主にやっています。あと、父の活動のサポートもしていて、道経会の手伝いとか、旅行の幹事とか。最近では、祖父の入院や施設への入所手続きも私がやりました。

生田

4代目として継ぐ可能性は、どう考えていますか?

琴菜

正直に言うと、製造業という職種自体には興味がないんです。

生田

そうなんですか。

琴菜

はい。でも、他人に会社を預けたくないし、父が頑張ってきた会社を潰したくないという想いはあります。だから、現場の仕事じゃなくて、経営管理だけを担うなら、継いでもいいかなと思っています。

生田

なるほど。経営だけなら。

琴菜

一番理想なのは、弟が現場をメインにやってくれて、私が経営を学んで、経営の部分だけやるという形です。経営だけならやります。

芳文

娘の幼なじみの夫が、今27歳で、営業候補として入社しているんですよ。彼を右腕として育てていければ、娘が経営に専念できる体制も作れるんじゃないかと思っています。

生田

それは頼もしいですね。

琴菜

はい。信頼できる人がいれば、私も経営をやっていけると思います。これまでの職人的な町工場から、もっと近代的な経営組織にアップデートしていきたいです。

9.未来へのバトン

生田

最後に、これからの展望をお聞かせください。

芳文

まずは、一社依存からの脱却ですね。今の若手社員を育てて、新しいお客様も開拓していきたい。それと、モラロジーで学んだ「道経一体経営」を、もっと深く実践していきたいと思っています。

祖父が創業して、父やおじさんたちが守ってきた技術と信頼を、次の世代にしっかりと繋いでいく。それが私の使命だと思っています。

琴菜

私も、父が大切にしてきた会社を、次の世代に繋げられるように、しっかりと経営を学んでいきたいです。

生田

素晴らしいですね。レイクラフトの未来が楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました。

芳文・琴菜

こちらこそ、ありがとうございました。