千葉支部・千葉互敬塾勉強委員会
- 勉強委員会 幹事
令和3年度目標の「アップデート・アップグレード(人づくり・自分づくり)」の三回シリーズの最終回の講師を、前代表幹事の光安輝雄氏にお願いしました。コロナ感染蔓延防止法延長中、リアルとオンラインで令和4年3月(9日水)キャンパスプラザにて開催しました。
開催の数日前、光安氏に様子を伺いましたところ「、話したいことが多すぎて時間が足りない」と申されました。周到に準備されているご様子、ひとかたならぬ思いが伝わってきました。当日は前以て配布されたレジュメや、持参の資料を使いながらの講話でした。始めに「喉の調子が本調子でなく、咳が出る事があるかもしれませんが、コロナでないので安心してください。又十分距離が取れているのでマスクを外して話させてもらいます」と断られるなど、慎重で丁寧な導入が印象的でした。
講話は、自らの生い立ちの話でした。物心ついたときは戦中であり、家族が必死に生き抜いてきたことを話されました。誕生の地、東京押上が戦火を逃れる目的で強制退去となり、岳父の実家へ疎開し、更に福岡も戦火になるとの事で母の実家の米沢に疎開し直すことになったそうです。道中、家族が離ればなれになり、苦心してようやく一家まとまって米沢に到着、間もなく終戦、岳父逝去、小学校一年生の時でした。岳父の療養中、薬のない中で栄養が第一として、親族や村人の多くの方に大変お世話になったことが心に残った、と話されました。
しかし、米沢では都会っ子の言葉遣いはいじめの対象で馬鹿にされ、突然高学年の見守る中、同級生と対決させられ、気づいた時馬乗りに押さえつけていたそうです。呆然として、一瞬何が起こったのか訳が分からなかったようですが、突然体が震え、自宅に逃げ帰っていたそうです。母に「後ろ指指されるようなことしてないんだったら、泣いていないで、もう一度帰って戦ってこい」と言われたそうです。この時の母の思いと言葉、そして父上に対する村人たちの親切心が「私の心を強く自立させ、私の人生観」を造ってくれ、後日人のお役に立つ人生を送りたいと思う原点になったと話されました。
後半は、人生図表で話されました。生を受けてから現在までの講師の心の幸福度を上下動で表したグラフです。勤務していた会社で成功していた時に、人間関係に苦悩し突然退職を決意し奈落の底に落ち、その日に事業が立ち上がる「まっさかさまの人生最高の日」としてV字グラフを見せてくれました「。善事の胎動は艱難の中に芽生える」ことを思わせた一話でした。
その日を境に、講師はモラロジーの学問に真剣に取り組み『道経一体』を学び、そして今日があると話されました。題して「人生山あり谷あり、最高道徳あり」のお話で「、アップデート・アップグレード」についても触れられ、講話は終了しました。
講話中、講師は親の思いにこみ上げ涙ぐむところがありました。聴講者から、次回も聞きたいとの声が上がっていました。質疑の後、記念品を進呈し終わりました。